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大占術 2016.04.11 (月)
先日の対面の二日酔いは、結局三日酔いになってしまった。
まだダメージが残っている。

BASEまでわざわざ来てくださる人は、と思ってあんまり深く考えなかったのだが。
やはり、良心価格、というのは占いには無意味のようだな。
ボクとしては、お困りの人につけ込んで銭を巻き上げるような商売は嫌ダ、と思っていたのだけれども。
これは高尚に過ぎる発想だったようで、

安い=自信がない奴
安い=大したことのない素人
安い=どうでもいい二束三文の占い師
安い=ナンボでも替えがあるバカ
安い=好きなだけコキ使える
安い=お人良しのバカ


こういう勘違いをなさる方が存外あるようで、まァ、BASEにまで来て、ホント、ろくでもない仕事を申しつけてくれるようだ。
1000円札一枚でからかい邦題、気晴らしのやり放題、そのようにしか解釈できない人が存外多く――。
良心価格は廃止、世間並みの金額を頂戴することにした。

まァ、ココナラに関する掲示板を見ていると、3000円も出すなら対面もあるから、というようなご意見もあるらしいが。

占星術5000円だと?
2000円も高いではないか


そう思う人は3000円出してどこぞの霊視でも対面でも、好きなところに行ってくれたらいい。
ちなみに対面は2万円だ。
1万円でもまだ来るらしいので、2倍にしておいたまでである。
これは事実上のお断り価格――一見さんお断り、というやつだと思っておいて欲しい。


一見さんでない場合はどうか、だって?
そんなもの、信頼関係次第だろう。
不愉快な話が多すぎる、なのでこういう格好にしただけのことである。
気の置けないリピーターの方はこの限りでもないので、まァ、鑑定のご用があるなら声をかけてくださるといい。
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大占術 2016.04.09 (土)
昨夜は対面の人生相談で、昼間にコーヒーぐらいで頼む、とお願いしたに関わらず、

どうしてもお酒にして欲しい

と言われてしまった。
ま、こういうときはすべて依頼者さんのオゴリにしてもらっている。
とは言え、お悩み相談であるからして、愉しいとか愉しくないとか、そういうものであるわけもない。
今日は酒が残ってしまい、すっかり二日酔いである。


さて。
ココナラ商売を放棄して清々しているところである。
さらに貧乏になった、それは事実なのであるが、あんなもの、真面目にやっていたら作品が書けない。

依頼者に鑑定の評価をさせる

まずもって、このココナラの態度は、何ももわかっていない、としか言えない。
だいたい、少し考えてもらいたいのだが――。

依頼者は自分でわからないことを占い師に鑑定させるのだろう?
なんでその鑑定が正しいかどうかわかるのか。
わかっているなら鑑定はいらんだろうに。
違うのか。

当たっているとか外れているとか。
何を言っているのだろうか、とはボクの本音である。
自分に鑑定が必用か必用でないかもわかってないような奴、と言っては言い過ぎかもわからないが、その程度の人間に、良いだの悪いだの書かれる、というのもどうかと思う。
前々から嫌なシステムだ、とは思っていたのだが、購入者の評価をやれ、とまで言われてしまうとは思わなかった。

ぶっちゃけ書かせてもらえば、いいお客サン、くだらないお客サン、というのはあるョ。
二度と来て欲しくない、そういうのもいる。
しかし、そんなことを一々相手に言うのか?
面倒臭い。
全員に「いいお客サンでした」とだけ書いておくなら、こんなシステムは無意味であるし。
はっきり言って、ボクには時間の無駄であるとしか思えない。

まァ、こういうシステムを作らないと、占い師なんてモラルもへったくれもない奴が多いし、客は客で変なのがいるからナ。
こういうシステムを作りたくなるキモチもわかるのだけれども?
しかし、それにしても面倒臭いというか不毛というか。
こんなアホくさいものに、時間と気力を消耗させられるいたたまれなさといったらない。

命の洗濯、ということで一か月ほど遊んでしまったわけだが、そろそろ真面目に作品でも書こうか、と思う今日この頃である。
大占術 2016.03.15 (火)
ワンコに絡まれる、という占星術的なボクの宿命について考えていたのだが。
一応、その意味をもう少し詳しく書いてみれば、どうもこれは、ワンコが童心に返ってしまい、本性剝き出しになる、このようなものであるらしい。
しかし、それにしても、である。
なんでこんなものに昔の占星術家が一々言及したのか?
よく考えてみればこれはチョット妙な話である。
なぜと言って、本格的な占星術なんて、大昔なら貴族でもないなら一生縁がないものだったはずだからだ。

本格的な占星術なんて、真面目にやったら電子計算機があっても何日もかかる。
球面幾何学だの三角関数だのは当たり前、こんなものを使ってコツコツやるのだ。
まァ、当時の鑑定士は理系の学者さん、天文学者みたいな連中であって、相当なインテリだと思って欲しい。
今でこそ本なんて安いもの、知識はネットでいくらでも手に入るから、当節のインテリは値打ちがない。
しかし、そもそもを言えば知識というものは、非常にお高いものだった。
二十世紀初頭に書籍は工場で大量生産をやるようになったわけだが、昭和初期の文庫本、つまり大衆向けの廉価版の書籍は、今の金額に直すと5000円ほどもしたのである。

しかし、カネで買えるようになっただけまだマシ、という言い方もある。
これが手書きの時代に遡るともっとえげつない。
書籍は買うものではなく、自分で書き写すもの、カネを出しても売ってもらえないからだ。
平安の頃に大陸から渡ってきた書物を、納言の大江の某が勅許をいただいて書き写した写本、それの写しが伝承ではあそことココに何冊、その一冊の写しの写しの、そのまた写しが父祖伝来この一巻である、というような具合である。
貴重も貴重、超貴重品である。
江戸の頃の滑稽本や講談まがいの娯楽本はともかく、室町以前の学術書なんて、今の感覚で言えば、どこぞの大名家に代々伝わる平安の名刀だの、坂本龍馬が愛用したピストルだの、あるいは千利休愛用の茶道具だの、まずもって家宝、どうかすると今で言う重要文化財、国宝まがいのシロモノである。
まァ、定家直筆の歌集でも、例の最古の聖書、死海写本でもいい。
こういう文化遺産レベルのシロモノを、

書き写したいので貸してください

なんて、許してもらえるわけがないぐらい、現代人でも理解できるかと思う。
手書きの時代の知識とは、かくも厄介で敷居の高いものだった、このように思って欲しい。
平安貴族なんぞになると、その書物を持っているかどうか、それが出世できるかどうかの境目だったりもする。
写本を作らせてもらえる、それだけですら特権だったりした。
これぐらい書物や知識が貴重だった頃の天文知識、こうもご大層な占星術が、

ワンコと人間の相性

変な話である。


まあ、たしかに?
石器時代の人骨と一緒にワンコの骨も出て来るらしいから、人類にはワンコは最古の家畜ではあるのだけども。
しかし、そうは言っても相手はワンコだ。
当時の占星術家と言えば、王侯貴族の相談役、政治顧問みたいなもんだろ?
クソ忙しい安倍首相が政治顧問に向かって、

ボクはワンコ一般に人気があるだろうかね?

てなこと、大金払って真剣に相談するか?
そりゃまァ、一国の宰相、為政者とて人間であるからには、家族問題そのほか、至極当たり前な人間臭い悩みはあるだろう。
実際、国のトップのちょっとした癖やら、王侯貴族の兄弟の不仲が内乱の引き金になったりもするから、占星術もそこらを鑑定する手法はあって当然、こういう気はする。
でも、それでもやっぱりワンコはないわ

なんなのだろうナ、コレ、と、ボクよりずっと頭のいい知人に戯れ言半分に言ってみたら。
賢明なボクの友人はこう言った。

狂犬病の犬に噛まれたら死ぬでしょ
その暗示のある人は犬に注意しろってことではないのかな?


なるほど(・∀・)

ニャンコの話を書こうとしたのに、なんかまともな記事になってしまったようだナ。
ニャンコの話は次にしようかと思う。
大占術 2016.03.14 (月)
犬猫やらの家畜に絡まれる宿命を負う男、昨日はそんな話だったかに思う。
少し補足がある。
正確に言うと、好かれる、というよりは、一々挑まれる、とするほうが適当かもわからない。
ナメられている、というのもチョット違う。
どうしてそうなるのかはともかく、家禽どもはボクを見ると、なぜか対等の土俵に乗ってくるのだ。
それが親愛の情である場合はほんとうにダチ公レベル、ライバル意識剝き出しなら襲撃、こういうことになるのだ。
たとえば犬好きの人と話をしていても、ボクが子供時代に舎弟にしていた白い秋田犬とボクの関わりの話をすると、たいがいオドロキのエピソードばっかり、のようである。
あの犬は、散歩がしたい、と思ったら教えもしないのに、自分でリードを咥えてやってくる。
それをボクの前に置いて、胸を張って「お座り」、威儀を正して、

さあ、散歩に連れて行ってくれたまえ

というような顔をする。
あるいは、ボクが細々と機械部品を広げて作業をしていると、その脇へ来てやっぱり「お座り」、何か感慨深そうな面持ちで機械部品をボクの顔を半々に見て、そのうち、ボクの動きに合せて、機械部品に向かって、「お手」「おかわり」とやり出す。
あるいはヤンキー風のウンコ座り、つまり不安定な状態で草むしりなんぞをやっていると、体当たりで押し倒し、馬乗りになって顔を舐めたり――。

さあ、どうだ(・∀・)

こんな感じなのだナ。

脱線して恐縮であるが、秋田犬には茶色、白、虎毛の三種類がある。
どれも秋田犬、とされてはいるが、毛色が違えば性格もずいぶん違い、まるで別の犬、と言ってもいいぐらいである。
まず、茶色は優等生である。
真面目で温厚、肝っ玉の据わった寡黙な感じ、ややものぐさでのんびりしている。
虎毛と白は実際に飼っていたからよく知っているわけだが、もうまったくの別犬種、というほど性格が違う。
虎毛は繊細で線が細い。メスは誕生数「7」のような美少女系、とてもプライドが高い。
ボクが飼っていたのはオスだったが、頭は良さそうだったのだが、どこかしら思考が硬直しているような感じがあり、従って怒りっぽい感じである。気難しいオレ様系で、ぶん殴るとすぐにいじけるので腫れ物に触るように扱っていた覚えがある。
白はクソガキ風で陽気、虎毛よりは扱いは気楽で済む。
ただし、シャレにならないイタズラをしょっちゅうやる。
昼寝をしている飼い主のツラに小便をひっかける、たくみに「ささみジャーキー」のありかを探し当てて無断で全部喰ってしまう、サンダルの片一方無断で持ち去って犬小屋に隠す、作業をしているとわざわざ邪魔なところへやってきて丸くなる、やめろ、というのに一々他所の犬にじゃれついてゆく、白はそういう、「懲りない奴ら」という感じで、ボクは年中あの白い秋田犬をぶん殴っていたのだが、ほぼ糠に釘、バカなのかこいつは、と思うぐらい、こっちの言うことを聞き分けてくれない。
ところが、やっていいことと悪いことははっきりわかっているらしく、「これはさすがに」ということをやってしまったときの、後ろめたそうな顔といったらなかった。
余談をしておくと、この白秋田は、我が家に来た三日目にして家族から総スカンを食らった。
まず最初に、二歳半で発達の止まった団塊男のボクのクソ父が、抱っこをしようとしたところ噛みついたらしいのである。
名前を呼んでもミルクをやっても振り向きもしないのだ。
それで憤慨したボクのクソ父――子犬に嚼まれた、相手にしてもらえない、それぐらいで本気で怒る、この男の人間的未熟さのほうがよほど深刻、と当時小学生だったボクは思ったのだが――が、

生まれつきアホなんちゃうか、この犬

と大騒ぎしたのだ。
おかげで母も兄もこの犬はかわいくない、と犬を糾弾、捨てるだの保健所に送るだの、皆さん物騒なことを言うのでボクがこいつの身元引き受け人になったわけなのだけれども。
なんでそうしたかって、どことなく、あの犬がそのとき、困惑しているような感じがしたのだナ。
子犬だからって、ぬいぐるみみたいに扱われて、どうしていいかワカラン、そんな顔をしている気がしたのだ。
それがボクには、他人事のようには思えず――つまり、ボクも家族にはいつも困惑していた――、ついついかばってしまった、というわけなのである。
まァ、しかし、育てにくい犬だったナ。
たぶん、初心者にオススメできる秋田犬の順番はきっと、

茶色>>>>>虎毛>>┃超えられない壁┃>>>>白

こういうことになるかしら。

何の話を書いているのかしら……。
占いの話ではなくなってしまったナ。
またそのうちに書こう。

大占術 2016.03.13 (日)
ココナラからはこちらのブログへは到達できない格好になっている。
それは、ココナラ同業者に読ませないため、気楽に占いの話も書くつもりだからである。
連中がナニをやるかって、ボクの語り口まで盗んでもっと素人ウケのいい霊視サービス、挙げ句にレディスピで

黒サンタって、霊視の●●●●さんにそっくりですよね

なんて書いてくれたりするわけダ。
つまり、ボクが真似をしているまがい物、本家はこっち、こういう印象操作だナ。
サービスのスタイルもそっくりなのだそうである。
文体はブログの記事を読んで研究したんだろ。
占いでも売り文句でも、あいつらはすぐにパクリをやるからナ。
他人のパクリしかやらん奴らのことだ。
チンチンと胃袋しか使わない生活のせいで、知能の発達がホタテ貝の脳味噌レベルで止まっておるのだろうナ。
ま、たぶん、実はカネ儲けがやりたいのではないのだろうと思う。
テメエの頭がクソ過ぎるから、まともに頭を使ってる奴の邪魔をしたい、それだけだろ。
パクって安売り、それで相手より上になったら

気持ちイイぃぃぃぃ☆

……ホント、スピ屋ってこんなのばっかりだよナ。
幼児体験の悪い奴とは関わらないのがイイ。
こっち見んな、シッシッ、である。


さて。
この間から自分のホロスコープをずいぶん真面目に見ているのだが、先日は変なものを発見してしまった。
なにのどこをどう読む、という話はともかくとして、どうやらボクは、

ワンコに興味を持たれる

というような暗示があるらしい。
好かれる、というのとはちょっと違う。
ワンコがボクを見ると、

貴様はオレのボス犬になってみる気はありませんか(´・ω・`)

このようにアピールしたくなる……感じらしいのだナ。
言われてみれば、ボクは昔からワンコには好かれるというか絡まれるというか。
何かと言えば吠えられるし、友人らと歩いていて犬がやってくると、必ずボクのところに来る。
気立てのいいワンコだったら目を白黒させながらシッポ振って飛びついて来るし、好戦的な奴なら襲いかかって来る。
とにかく、ワンコという連中は、ボクを見るとスイッチが入ったように夢中でじゃれて来るので……日頃はワンコと目を合わさないようにしているのだが、それでも真っ直ぐこっちへ来るのダ。

ワンコに好かれる、という星の配置があるのなら、占星術的にニャンコに好かれる宿命はないのか、と探してみたが、どうやら占星術にそういう暗示はないらしい。
しかし、よく考えてみると、実はニャンコにも……よく絡まれる。
これもリクルート系で、面倒くさがりのボクは道端のニャンコに興味などは示さない。
しかし、向こうのほうはそうでもないらしく、塀の上をターッと走ってきてボクの前にひょいと着地、足下でゴロニャン、なんぞとやってくれるわけダ。
なんだ、このネコは、と捨て置いてそのまま行くと、ネコのほうでは

シマッタ

というような顔をして、またターッと走ってきてボクの前に回り込み、ゴロニャン。
どうかすると通り道で同じネコが待っていたりすることもある。
そういえば、という話のついでに書くと、見ず知らずのネコが追いかけてくる、待ち伏せている、と知人のネコ好きに言うと、

そんなのナイナイ

とのことで……ここまで、というのは珍しいようだナ。
もしかして、この星回りって、ニャンコにも?

そう考えてみると、実は馬にも……。
時代祭とかを見物にいくと、いつも行列のサラブレッドに目をつけられる。
必ずガンを飛ばして威嚇して来るのだ。
六甲山で木曽馬には噛みつかれた。
性格の悪いサラブレッドとは違い、一応は友好的な態度だったらしいが、それでもあれは痛かった。
柵越しに眺めていると、たくさんいろんな人がいるというのに、なぜかじわじわとボクの目の前までやってきて、馬躰を柵に横付け、

撫でろ

と目に言わせて横目でこっちを見るのだナ。
で、鼻面に手を伸ばすと、掌を唇でハミハミ……奴らの口元はやけにソフト、どうかするとワンコよりソフトである。
ああ、懐いているのかナ、と思っていたら、いきなり

ガブ

まあ、あの体格、あの歯のことだ。
もし奴が本気だったら、今頃ボクの指は二本か三本ぐらい欠けていたことだろうと思う。

と、ここまで書いて、ほかに生き物に好かれるケースを考えてみると、人間の乳幼児である。
公園で煙草なんぞをやっていると、三歳か四歳ぐらいの女児に熱い視線を送られるなどして困惑する、というのがよくある。
下手に絡まれて、ロリコンだの変質者だの言われても困るので、おぢさん、そういう気分ではないので、と視線を合わせないようにしていると、顔の前まで回り込んできて、じーっとこっちを見ていたりするわけダ。
男の子でもそういう感じで、気を許すといきなり跳び蹴りを食らわされたりする。

ま、しかし、オトナは……いわゆる典型的なオトナ、というのはボクのことは嫌いだナ。
常識が無いとかアブナイとか。
肌感覚でモノを考えない奴とは仲が悪いからナー。

この、ワンコに興味を持たれる、というのは、

肌感覚の付き合いの好感度

を示す星回りなのかしら……。



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