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大占術 2016.03.15 (火)
ワンコに絡まれる、という占星術的なボクの宿命について考えていたのだが。
一応、その意味をもう少し詳しく書いてみれば、どうもこれは、ワンコが童心に返ってしまい、本性剝き出しになる、このようなものであるらしい。
しかし、それにしても、である。
なんでこんなものに昔の占星術家が一々言及したのか?
よく考えてみればこれはチョット妙な話である。
なぜと言って、本格的な占星術なんて、大昔なら貴族でもないなら一生縁がないものだったはずだからだ。

本格的な占星術なんて、真面目にやったら電子計算機があっても何日もかかる。
球面幾何学だの三角関数だのは当たり前、こんなものを使ってコツコツやるのだ。
まァ、当時の鑑定士は理系の学者さん、天文学者みたいな連中であって、相当なインテリだと思って欲しい。
今でこそ本なんて安いもの、知識はネットでいくらでも手に入るから、当節のインテリは値打ちがない。
しかし、そもそもを言えば知識というものは、非常にお高いものだった。
二十世紀初頭に書籍は工場で大量生産をやるようになったわけだが、昭和初期の文庫本、つまり大衆向けの廉価版の書籍は、今の金額に直すと5000円ほどもしたのである。

しかし、カネで買えるようになっただけまだマシ、という言い方もある。
これが手書きの時代に遡るともっとえげつない。
書籍は買うものではなく、自分で書き写すもの、カネを出しても売ってもらえないからだ。
平安の頃に大陸から渡ってきた書物を、納言の大江の某が勅許をいただいて書き写した写本、それの写しが伝承ではあそことココに何冊、その一冊の写しの写しの、そのまた写しが父祖伝来この一巻である、というような具合である。
貴重も貴重、超貴重品である。
江戸の頃の滑稽本や講談まがいの娯楽本はともかく、室町以前の学術書なんて、今の感覚で言えば、どこぞの大名家に代々伝わる平安の名刀だの、坂本龍馬が愛用したピストルだの、あるいは千利休愛用の茶道具だの、まずもって家宝、どうかすると今で言う重要文化財、国宝まがいのシロモノである。
まァ、定家直筆の歌集でも、例の最古の聖書、死海写本でもいい。
こういう文化遺産レベルのシロモノを、

書き写したいので貸してください

なんて、許してもらえるわけがないぐらい、現代人でも理解できるかと思う。
手書きの時代の知識とは、かくも厄介で敷居の高いものだった、このように思って欲しい。
平安貴族なんぞになると、その書物を持っているかどうか、それが出世できるかどうかの境目だったりもする。
写本を作らせてもらえる、それだけですら特権だったりした。
これぐらい書物や知識が貴重だった頃の天文知識、こうもご大層な占星術が、

ワンコと人間の相性

変な話である。


まあ、たしかに?
石器時代の人骨と一緒にワンコの骨も出て来るらしいから、人類にはワンコは最古の家畜ではあるのだけども。
しかし、そうは言っても相手はワンコだ。
当時の占星術家と言えば、王侯貴族の相談役、政治顧問みたいなもんだろ?
クソ忙しい安倍首相が政治顧問に向かって、

ボクはワンコ一般に人気があるだろうかね?

てなこと、大金払って真剣に相談するか?
そりゃまァ、一国の宰相、為政者とて人間であるからには、家族問題そのほか、至極当たり前な人間臭い悩みはあるだろう。
実際、国のトップのちょっとした癖やら、王侯貴族の兄弟の不仲が内乱の引き金になったりもするから、占星術もそこらを鑑定する手法はあって当然、こういう気はする。
でも、それでもやっぱりワンコはないわ

なんなのだろうナ、コレ、と、ボクよりずっと頭のいい知人に戯れ言半分に言ってみたら。
賢明なボクの友人はこう言った。

狂犬病の犬に噛まれたら死ぬでしょ
その暗示のある人は犬に注意しろってことではないのかな?


なるほど(・∀・)

ニャンコの話を書こうとしたのに、なんかまともな記事になってしまったようだナ。
ニャンコの話は次にしようかと思う。
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