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大占術 2016.02.23 (火)
率直に書いてしまうが、最近、ボクは自分のココナラでの仕事に懐疑的である。
他人の悩みを聞いて、解決の方法を一緒に考える、こういう仕事が多いのだが、あまり意味がないような気がしてもいる。
ここだけの話、

この依頼者さんにとって、この悩みは解決しないほうがいいのだろう

こんな感じのする人がかなり多い、というか、大半がそんな感じなのである。
きっと本人は本気で悩んでいるつもりだろうし、実際にも悩み苦しんでいて、心の救いを求めているかとは思う。
モヤモヤする、スッキリしたい、誰かに聞いてもらいたい、それもほんとうなのだろう。
しかし、心の奥底、無意識の部分では、悩みの解決を求めていない、というケースが甚だ多いかと僕は思う。
このような言い方をすると叱られそうなのだが――。
当節は人権の時代である。
弱いこと、他人に劣ることは罪ではない。
むしろ、それは他人に対する優位、アドバンテージですらあると言ってよい。
万人の自由と平等を金科玉条、無条件の善と規定する現代社会においては、弱者は守られなくてはならない。

たとえば、先日、市バスに乗っていると、70過ぎのご老人が僕の前に座った。
片手にワンカップ大関、真昼間から堂々の酔っ払いである。
股を大開にして横へ手荷物、二人分以上を悠々占拠した挙げ句、隣の青年に膝をガンガンぶつけて、
何度も舌打ちをして、

狭いわ
あんた、もうちょっと向こうへ行きィな


青年が憤慨して抗議……まァ、ほぼ喧嘩なのだが、すると、そのご老人の言い草はこうだ。

か弱い年寄りに暴力振うんか

どちらが弱者なのかわかったものでもない、という感じである。
今の世の中は弱者になったもん勝ち、悩んでいて苦しんでいる、常に傷ついているほうが生きやすい、そんな感覚が、誰も心の根深いところに潜んでいるのではないか、という気がするのだ。

そろそろ執筆をやろうかと思う今日この頃。
ココナラでは、もうあまり頑張るまいか、と思っているところである。
まァ、僕はあまり占い師には向いていないのだろう。
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