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大占術 2016.02.26 (金)
今年の1月ぐらいから、僕はひどい不眠に悩んでいた。
日に3時間ぐらいしか眠れなくて、昼間も眠気と倦怠感が抜けてくれない。
いい加減、辛くなってきたので医者でデパスを処方してもらい、この三日ほどは毎日8時間睡眠である。
デパスのせいだろうか、今日はユルユルの電波な頭でいい加減なことを垂れ流してみたい。

もう占い師なんぞ辞めようかしら

これが僕の本音だったりする。
本気も本気、大真面目にやったら占星術なんて、ひとつの鑑定で三日も四日もかかる。
それで出て来る鑑定結果と言ったら、たぶん……かなり深刻……だ。
どうしてって、鑑定を必要とする人はいずれ悩んでいる人だろう。
それがホロスコープに出る。

依頼者さんの鑑定の話は守秘義務のことがあるので書けないが。
これは僕の両親のホロスコープの話だが、二人とも「自殺」と「殺人」の暗示がある。
人生、殺るか殺られるか、実際二人ともそういうセンスで、嘘も暴力も何とも思わない人間である。
末期の肝硬変で余命三年を母が宣告された折、父はもう母の看病をしなかった。
実家の冷蔵庫には酒とスーパーの惣菜、天麩羅屋フライしか入っておらず、家の中はゴミ屋敷だった。
どうにかしてやろう、と僕が言うと、「カネがもったいない」「オマエがカネ出してくれるんか」。
それどころか、僕には母のところに二度と来るな、会いたいならオマエの預金通帳と印鑑を持って来い、このようなことを言う始末で、次の瞬間、父は実家の鍵を二重に強化した上、窓には鉄格子をつけてしまった。
母に、このオトコと縁を切れ、と言ったところ、「お父さんと仲良くしてくれ」としか母は言わなかった。
それどころか、「お父さんの言う通りにして欲しい」とさえ言うのだ。
まもなく母は死んだ。
医師に告げられた余命を二年以上残しての、突然の死だった。
これを飲まなくては生き続けられない、と言われる薬は、一切手つかずのままだった。
精神的な殺人、消極的な自殺、そういうことになるかと思う。
僕はこの父を一切許すつもりはない。

余談をすると、母の死期について、僕は鑑定をしており、予測に1時間と違わず母は世を去った。
「生きる意志を受け入れる者があれば助かる」
このような暗示があった。
しかし、鬼畜みたいな亭主が鉄格子をかけた実家に、僕が自分の雀の涙の全財産を捧げるというのもどうかと思った。
実際、僕が母に親孝行だったのは、実を言ったら、僕が母に母子の情を感じたことが一度もないから、でもある。
幼児の頃、母から育児放棄を喰らった僕は、3歳ぐらいまでまるで他人のおばあちゃんに育ててもらったという経緯がある。
今でもこの人のほうが母親のような感じがしており、この人から無理矢理引き剥がされて、母にお人形サンみたいな扱いで猫可愛がりされ続けるようになってからも、母には違和感しか感じなかった、とだけは書いておこうかと思う。
母の僕に対する執着、というものは、女の意地、母親の意地、生き物としての本能、そういうものでありこそすれ、僕という人間の幸福であるとか善であるとか、精神的、形而上的な価値には一切無縁の情でしかなく、僕はこの女にいつも悩んでいたと言っていい。
しかし、その情の部分を拒否することはいかにも簡単で、短絡的に過ぎる、それも含めて人間ではないか、このように思う僕は、違和感だらけであろうとなんであろうと、これが自分の母親なのだ、と彼女の望みの通りに親子をやってきた、というわけなのである。
出来ればもう解放して欲しい。
そうした思いが僕になかったと言えば嘘になる。
その意味では、僕は母の生存への意志を受け入れなかった、このように言えるのかもしれない。

ちなみに、僕が一切許すつもりのない父は、今、完全に孤独な状態である。
親族にも僕の実兄にも相手にされていないようである。
先日、嫌がらせのような葉書が届いたのだが、必死に筆圧を保って書いた様子が文字から読み取れた。
しかし、文章は誤字脱字だらけ、しかも文章の論理的整合性がまったく破綻していた。
いかに人間に相手にされない生活を送っているか、それは確かめるまでもない。
おそらくそう長くないだろう。
もちろん、僕はこの男を手助けするつもりはまったくない。

占星術は真面目にやるとこういう凄まじいものが、当たり前のように現われる。
こんな鑑定、5万円、いや、10万円もらってもやりたくはない。

もちろん、1080円の簡便な鑑定では、そこまで深いところはやらない。
しかし、それでも、悪くするとそれでもえもいわれないものが鑑定結果に出たりする。
そして、それを言ってしまったほうが「当たる」というのもわかっていながら、やはり言わずに済ませてしまう。
最低限度のことだけを言って済ませてしまうのである。
ひとつには、ホロスコープに出ているからと言って、必ずしもそれが現実になるわけでもない、というのがある。
可能性として、こうした傾向にある、というだけの話であって、100%ではないからだ。
だが、残念なことに、鑑定に来るからにはそれが現実になっているケースが大半だったりする。
たぶん、当たっているな、コレ、と思いながら、僕はやはりすべては言わずに終う。
そういうときの鑑定は、やっぱり、アア、この鑑定士は無能だ、という顔をされてしまう。
そして僕は、絶望させるよりそのほうがマシだ、などと思っていたりするのだ。

こんな人間は、占い師なんぞやってはいかんのだろうな。
真面目にプロ作家を目指そう、そう思う今日この頃である。
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